銭湯未来会議 @ 3331アーツ千代田

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第一部:米山勇 基調レクチャー
「銭湯と街の歴史と未来:銭湯から始まるこれからのコミュニティーとくらし」

第二部:若手銭湯経営者からの銭湯の現状レポート
3つの銭湯の現状と課題についてスライドで報告

第三部:湯道未来企画の公開ブレスト会議
出演者:米山さん、銭湯経営者、中村ケンゴ(美術家)、近藤ヒデノリ(TOKYO SOURCE)、渡辺大介(CIVIC ART)ほかアーティスト、クリエイターなど

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建築史家の米山勇さんによる銭湯の歴史と建築に関するレクチャー、清水湯 髙橋さん、梅の湯 栗田さん(そして飛び入り寿湯の長沼さん)による銭湯の現状レポート、ありがとうございました。
参加者のみなさんもさまざまな専門の方が来てくださって、貴重なお話を伺うこともできました。
<中村ケンゴ>

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米山 勇 Isamu Yoneyama
建築史家。1965年東京都生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了後、日本学術振興会特別研究員、早稲田大学大学院非常勤講師、日本女子大学非常勤講師を経て、現在、東京都江戸東京博物館研究員。博士(工学)。日本近現代建築史、江戸東京の建築・都市史を専門に活躍している。日本銭湯文化協会理事。 主な著書・共著に、『銭湯検定』、『東京の近代建築』(地人書館)、『建築 MAP横浜・鎌倉』(TOTO 出版)、『痛快!ケンチク雑学王』(彰国社)、『まるごとわかる びっくり!日本ふしぎ探検百科・2 遺跡・建造物のふしぎ探検』(日本図書センター)、『けんちく体操』(X- Knowledge)など。


米山さんによる銭湯の歴史レクチャーメモより

銭湯のルーツはお寺がお風呂を解放した「施し」にあったそうです。それが、やがて庶民の憩いと娯楽の場所になっていったとか。しかも、当初は「風呂屋」といえば「蒸し風呂」。後に生まれた、湯をかけたり浸ったりする「湯屋」としばらくは区別されていたそうです。

江戸時代の銭湯といえば混浴。二階に茶室があったりと、庶民の娯楽、社交の場として機能していたそうです。建築面から見ると、明治時代はまだ普通の町屋のようだった銭湯が、大正時代になると現在でもたまに見かける宮造りなど、豪華な造りの銭湯が登場。その代表格が、以前、湯道でも湯会で訪れた北千住にある大国湯だそうです。ちなみに、関東大震災で江戸が焼け野原になったときに「まずは風呂に入れる場をつくろう!」と、北陸から多くの人が江戸の銭湯人を辿って続々開業したらしく、銭湯には復興プロジェクト的側面もあったそうです。

面白かったのが、米山さんの近代銭湯を「劇場」に見立てた話。靴を脱ぐ場所が「ホワイエ」、脱衣所が「オーディトリアム」、湯舟が「ステージ」、ペンキ絵が「背景」。最近、銭湯でライブイベントをやったりしているのも、実は意外と理にかなっているのかも。家にシャワーや風呂があるのはあたりまえになり、急速にその数が減っている町の銭湯ですが、ひょっとすると、銭湯を「劇場」であり、人の「社交場」として見直すところに、何らかヒントがあるかもしれないと思ったのでした。
<近藤ヒデノリ>

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銭湯未来会議 @ 3331アーツ千代田
日時:2013年3月2日(土)13:00~16:00
場所:3331アーツ千代田
主催:湯道(千代田区まちづくりサポート助成金活動)